ネギについて

仕事の哲学

問題解決するデザイン力

デザインは問題を解決する手段です。お客さんに来てほしい。製品を売りたい。使い勝手をよくしたい。そんな問題にネギは理詰めで解決策を設計します。集客のためには長所を定義するところから、製品を売る前に専門的な説明をかみ砕くことから。そんな解決策の帰結としてビジュアルデザインが生成されます。

ただ外観を整えるだけで実績量産する制作会社や、デザイン実行はどこかに丸投げのコンサル会社が多い中、ネギは問題点の定義からデザインでの解決に直結できるプロのチームです。

競争の中で差別化するために

インターネット上の競争は熾烈です。近所の20のお店を歩いて回ったらへとへとですが、世界の100のウェブサイトを比較してもさほど手間はかかりません。そんな戦場で選んでもらうために大切なことは差別化です。

ネギはお客さんの業界研究からスタートして、競争力の源泉に立脚したブランディングを行います。多数のサイトに金太郎飴のようなテンプレートで手間を省いたり、奇抜なしくみで瞬間風速を稼いだりせず、長期にわたって独自の良さが浸透するようなクリエイティブを提供します。

疾走するスピード

ネギは数百ページもあるプロジェクトも遅滞なくこなしてきました。たった3人のチームが大規模な仕事でもスピーディなのは、お客さまの意思を情報ロスなく制作に結び付けるから。

業務システム開発などは外部のチームと協力しますが、そんな時もスタッフが立ち止まらないように不確定要素のない仕様書を作成、任せられる信頼関係を築いて仕事をしています。常にお客さまとも気持ちを共有し、確信とともに進めているので最小限の修正と最大限の効率でゴールまで到達します。

オーダーメイドの職人として

ネギが制作するのはゲーム、クイズから医療情報サイトまで、さらにはデジタルにとどまらず、ポスター、ノベルティ、店舗サインなど、極めて広範です。多数の部署や外注に振っていく会社と違い、ネギではほぼ全て同じラインでの内製、仕事の多様性はお客さまの問題ひとつひとつにゼロベースで解決策を組み上げていった結果です。

在り物を流用しないオーダーメイドなので品質は「専門会社」を凌駕します。ロゴ、サイト、フライヤー…一体どこから手を付けていいか分からない時こそ、問題点の発掘からご相談ください。

チーム

ディレクター 佐藤栄祐

政治学を修め、服飾学校でミシンを踏み、美大で絵を描いたりデザインしたりしたのちデジタルコンテンツ制作界隈に落ち着く。コンセプト立案からデザイン、HTML、アニメーション、なにからなにまで人に頼めず全て自分でやるという仕事のやり方を何年か続けた挙句、出来る人に任せてしまえば仕事全体に目が届き品質も上がるということに気づく。全行程を経験しているので、みんなの気持ちを汲んでプロセスを回す気遣いのディレクター。

お客さんの業界トレンドまでフォローして案件の行間をよみ、制作対象に関して担当者と技術的な話が出来ることに喜びを感じる。場当たり的対応が嫌い。将来出てきそうなプロジェクトの穴は見える前に潰してしまいたいため、刹那的に仕事をする人に煙たがられることもあったが、最近は潤滑油になることも覚えた。

慶應義塾大学/Art Center College of Design卒。趣味は美術書収集、登山、ベースの練習。福島県出身。いつも心は安達太良山に。

デザイナー 西本亮子

石材屋さんのCAD職人、ドット絵職人を経て、デザイナーに。
ディレクターが要件と素材をまとめて指示する前に、常に・既に先回りしてデザインが出来上がる。素材選定、リサーチから製作に至るまで、とにかくあらゆる作業に手が早い。アニメーションに関する感覚も鋭く、構成する動的FUNコンテンツはいつも高評価をいただく。

革細工や羊毛フェルト等のクラフトを断続的に行う。海外ドラマや映画を英語字幕で見るのが最近の趣味。 北海道旭川市出身。

プログラマー / R&D 青山由紀

辞書に不可能の文字がない。「ほかのベンダーさんでは不可能だ、と言われた」技術的問い合わせに調査を任せると、次の日には「一応できました」と解決。ネギが何を頼まれても大体対応できる、その可能性の源。
ゲームの腕が達者で、クライアント用ゲーム開発においては青山がクリアできるかどうか、が当社の最高難度レベルの設定基準。

かなり前にドールハウスを作り始めたらしいが完成する様子はない。昼食後はいつも眠そうにしている。東京都町田市出身。

ネギの成り立ち

ネギのメンバーの3人は、かつて別の制作会社でチームを組み、今と同様に種々のプロジェクトのクリエイティブを、日々、猛烈な勢いで作っていました。

2011年、大きな地震があった日も、どうせ電車も動いていないなら、と期限の迫った仕事を電車が動く朝方までやっていました。多くの会社の様々なチームが関わる大プロジェクトでしたが、地震直後の全体会議において、設定された作業を締め切りに間に合わせたのは我々だけでした。

その頃のばたばたをきっかけとしてチームのスピード感と所属していた会社の時間の流れ、お客さまに対するスタンスにずれが生じ、作業に支障が出るようになってしまいました。継続的に責任を全うするには会社からチームを切り離すことが必要になりました。複数のお客さまから強力なサポートをいただき、決断から驚異的なスピードでネギが生まれたのは20115月のことです。

ネギはその始まりから今も、チームワーク、責任感、品質、スピード、時間厳守、お客さま第一、の組み合わせで成り立っています。